雨の夜

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週末になると崩れる天候に業を煮やして、カメラを提げて雨の中へ。
人工光も光には違いない!

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# by eguchitakashi | 2017-10-30 19:39 | Comments(0)

輝く一葉

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# by eguchitakashi | 2017-10-29 10:00 | Comments(0)

色づき始め

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平場にも段々と紅葉が降りて来ました。
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# by eguchitakashi | 2017-10-28 12:00 | Comments(0)

光を浴びて。

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# by eguchitakashi | 2017-10-27 20:21 | Comments(0)

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# by eguchitakashi | 2017-10-26 19:31 | Comments(0)

佇む。

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# by eguchitakashi | 2017-10-25 21:19 | Comments(0)

口笛

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それにしても写真というのは、本当に不思議というか、奇妙な表現手法だよ。
何かを「写す」ことで、何かを表現しようとする。
いや「表現している」のかどうかさえ、よくわからないのだけれど。
目の前に在るものにふと感じて、シャッターを切る。まるで夜中に口笛を吹くみたいに。

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# by eguchitakashi | 2017-10-24 21:11 | Comments(0)

無色

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昨日の写真のバリエーション。

『ソール・ライターのすべて』で、彼が、
「誰もがモノクロ(写真)のみが重要であると信じていることが不思議でたまらない(・・・)美術の歴史は色彩の歴史だ。洞窟の壁画にさえ色彩が施されているというのに」
と語っていることに、深く共感する。
ときどき「色の無いモノクロ写真には物事の本質が映っている」という意見の持ち主がいるが、その人は多分、色とは何かを、あるいは「物事の本質」とは何かを、よく考えたことがないのだろう。他人が何処かで吹聴した意見を無批判に再利用してしまう人なのだろう。
モノクロがカラーに優越していることは決してないし、当然その反対もなく、ただ、白と黒の階調のみを用いた表現が劇的な効果を発揮する場合がある、というだけだ。例えば、長谷川等伯の《松林図屏風》のように。

それよりも、僕がしばしば不安になるのは、写真という表現手法それ自体が、21世紀の今にあって、もはや時代遅れではないかということだ。
いや、きっと、ほぼ間違いなく、時代から取り残されつつある。時間軸の一瞬しか再現できない、平面にしか展開できない、何かを写すことでしか何も語ることのできない、写真という不自由で悲しい表現。
だが、表現というのは、いつの時代だって、常に悲しかった。
松尾芭蕉が俳諧に人生を捧げたとき、果たして俳諧は時代の切っ先にいただろうか。そんなもの、誰も心から求めていなかったかもしれない。ただ、芭蕉という人はそれを求めて、詠んだ。難しいことだ。

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# by eguchitakashi | 2017-10-23 20:20 | Comments(0)

雨の日の光

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# by eguchitakashi | 2017-10-22 12:30 | Comments(0)