2017年 05月 13日 ( 2 )

「Epilogue」

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沖縄旅行の最後の日に、沖縄県立美術館で開催中の『沖縄本土復帰45年特別展/写真家が見つめた沖縄』を見た。あらためて、沖縄をモティーフとした写真は面白いし、難しいと感じた。「難しい」の分量の方が多かったかもしれない。難解、という意味での「難しい」ではない。沖縄は、写真として成立するのが難しいモティーフだと思う。
沖縄にはさまざまな要素が混淆した独自の文化がある。自ら望んだものではないにしても、激動と呼んで差し支えない歴史を持っている。有史以前から受け継がれた信仰が、鮮烈な光と色に包まれながら、そこかしこに息づいている。同時に、紛れもなく現代日本社会の一部だ。
それらが生み出す乱反射をカメラを使って切り取り、「それらしい」写真の形にすることは、多少とも腕に覚えのある写真家なら、決して困難な仕事ではない。その誘惑をはねのけ、沖縄に自分だけの視座を獲得することの方が、はるかに難しい。そしてその営みを多くの人に理解してもらうことは、もっと難しい。なんとなれば、アーティストであろうとなかろうと、既存の価値観に安住を見出す本能は避け難いものだから。
ただ、このことはもちろん、沖縄に限った話ではない。沖縄を「TOKYO」に、あるいは「フクシマ」に入れ替えたところで、意味は同じだ。世間一般に流布した記号性を後生大事になぞる、という意味では。
結局は、パーソナルであること、たった一人の人間の目であり続けること、そこに錘を垂れるしかないのだ。沖縄であれ、福島であれ。あなたはあなたで、わたしはわたしであり続けること。あなたはあなたの感じ方で、わたしはわたしの感じ方で、日常の中からも、非日常の中からも、自分の視座とその対象を見つけ出すしかない。「しかない」というよりも、そこにこそ人が生きて、何ものかを表現する価値がある。ありきたりな結論かもしれないが。
特別展に飾られていた写真たちの中で僕は、平敷兼七氏の写真に、特に強くそのことを感じた。いい写真だと思った。

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by eguchitakashi | 2017-05-13 12:33 | Comments(0)
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by eguchitakashi | 2017-05-13 12:17 | Comments(0)